〜キリン編〜

 

プルルルル・・・

 

電話の音が鳴り響く。

 

「もしもし?」

 

「よう!オレだけど、調子はどうだ?Baby

 

受話器越しに男の、少しかすれた声がする。

 

「ワリィ、今夜は遅くなりそうだ。待ってなくていいぞ。OK?」

 

「ちょっと、どこにいるの?」

 

「なんだって?」

 

電波が悪いのか声が良く聞こえず、彼女は思わず顔をしかめ、首を傾げる。茶色い毛がふわりと舞った。

 

「もしもし?」

 

「良く聞こねえんだ。たぶん、もうバッテリーが切れる。」

 

だからこんなに音が遠いのだ。そう言いたいのであろう。

 

「聞こえるか?近くにはいるんだ・・・あ、ワリィ。もう行く!!」

 

ガチャリと電話の切れる音がした。

 

 

*****

 

オレは電話を切って、クラブの中を見回した。ふと、ブルーブラックの髪のBガールの後ろ姿が目に止まり、人ごみを掻き分けて彼女の元へ歩み寄る。

 

 

運命を変えた一本の電話・・・

 

この電話さえかけていなければ・・・

 

 

女が振り返る。日本人だろうか?

 

彼女はオレを挑発するようにそっと耳元にその唇を近づけ、こう言った。

 

「うち、近くなの。来ない?」

 

NOと言うべきだった。オレには待っていてくれる人がいる。

 

しかし、この雰囲気に酔っていたわけではないが、なんとなく彼女と一緒にクラブを後にした。

 

表でタクシーを拾う。

 

寄り添うように座った彼女からは甘い香水の匂いがして、頭がクラクラする。

 

タクシーは大通りに出ると、スピードを上げていく。

 

その中で、彼女はゆっくりと顔を近づけ、オレの唇を求めた。

 

もう後戻りは出来ない。

 

そう思いながらも、それに答える。

 

その時だった。

 

タクシーが急ブレーキをかけた。前を見ると、渋滞をしているのか、たくさんの車の列ができている。

 

タイヤが回転を止めた、その瞬間。

 

彼女は勢い良くドアを開け、座席から滑り降りる。

 

慌てて後を追い、チラリとタクシーの運転席に目をやると、そこには誰も乗っていなかった。

 

おかしい・・・。

 

それでも、トンネルの中で車の列をくぐりながら走って行く彼女の後を追った。

 

視界に車が飛び込んでくるが、どれも運転手がいない。

 

気にはなったが、車の陰に消えて入った彼女を探す。

 

そしてオレは、トンネルを抜け、道路の脇の段差を飛び越えた。

 

THE PHONE