そこはまるで死者の世界だった。
吹き上がるマグマは地獄の業火のように、近づく者を焼き尽くす。
時折、どこかからゴォーっと風のうねる音が響き、我の悲痛な叫びをかき消していた。
誇り高き我が父もかつて、この場所に繋がれていた。我が両手両足にはめられた特殊な鎖によって動きを封じられていた父は、その憎悪をつのらせた鋭い牙で、かの最終戦争の時にヤツらの最高神を飲み込んだ。
そしてそのツケが、二代目である我に回ってきたのである。
生まれてすぐに、父と同じ鎖に囚われた我は、それでも父への畏敬の念を払うことが出来ずにいた。
たとえ、生涯このおぞましい牢獄で過ごすことになろうとも…
*****
幼いあたしの瞳は、目の前にいるおかしな犬に釘付けになっていた。
尻尾まで入れると4〜5mもありそうなその巨体に付いた、3つの頭。牙は鋭く、大きく裂けた口からはよだれが滴り落ちている(汚い!)
これだ!
一目見て気に入った。この犬をペットにしたい!
だけどこれは、メイカイノオウの飼い犬らしい。突然現れた骸骨野郎が、自分がそれだと告げた。譲ってくれと頼んだが、メイカイノモンの番犬なのでダメらしい。
こうなりゃ力ずくで…そう思った時、ポケットでケータイが鳴った。
「キャプ!一人でウロウロしちゃダメだぞ!」
電話越しに聞こえてくる声は優しい兄(血の繋がりはない)サミーのもので、少し怒っているようだった。あたしは事の一部始終を説明すると、最後に「どうしてもこの犬がほしい」と付け加えた。
「その犬はダメだ。とにかく、ラスターを迎えに行かせるから早く帰るんだぞ」
電話を切ったところで骸骨野郎がくぼんだ目を光らせる。
「変わった犬がほしいなら、アイスランドへ行ってみるといい」
彼が喋るとカチャカチャと歯(顎かも)が音を立てた。
おもしろい!これもほしい!!
ものほしそうな目で見ていたんだろう。骸骨野郎は一瞬ビクッと身体を震わせ(またカチャカチャ鳴った)、アイスランドだぞ!と怒鳴ると姿を消した。
ちっ!捕り逃がした!!
そんな思いが込み上げてきたとき、誰かに頭をこずかれて振り返る。
ラスターだ!サミーのイーストファミリー(マフィアではない)の中で、一番年上なくせに何故か皆の弟的存在で、あたしの大好きな細身の少年が立っている。いたずらを思いついた子供のように瞳を輝かせながら…
「聞いたぜ!アイスランド!!」
サミーにあたしのお迎えを頼まれていたハズなのだが、頭の中はもう北欧に行ってしまっているらしい。だけどそれはあたしも同じで、「行こう!」と張り切るラスターの手を握りながらまだ見ぬ北欧の、火山と氷河の国へ思いを馳せた。
*****
悪魔の炎が吹き上がる地下深い洞窟で、我は微妙な変化を感じた。
何がどう違うのかと問われれば何も言えないのだが、我の第六感は確かにそれを感じ取っていた。
言葉では表す事の出来ぬその感じにただ身をかがめている事しかできないが、それは着実に近づいて来ている。良きものか悪しきものかは、幼い我には分からない。
「こっちだ!」
我の囚われし牢獄の前を一人の少年が通り過ぎた。その少し後から少女の声が響く。
「ラスター、行き過ぎ!!」
マグマの噴き出す煙をくぐり抜けて現れたブルーブラックの髪色の少女を見た刹那、我が胸は希望という鼓動を打ち始めた。このおぞましい牢獄から解き放たれる日が来た!そう感じたからだ。
しかし、我は誇り高き父の正当なる血族だ。そこらのバカ犬のように易々と尾を振るわけにはいかぬ。とりあえずは威嚇でもしてみるとしよう。
牙をむき出し低い声で唸ったが、少女はまったく動じない。それどころか嬉しそうに顔をほころばせ、手を伸ばしてきた。そして我の頭を優しく撫でると、手足にはめられた鎖を引きちぎったではないか!
いくら我が足掻いてもヒビすら入る事のなかった特殊な鎖を…!
「迎えに来たよ」
少し首を傾げて微笑む少女を、何故か遥か昔から知っている気がした。
*****
茶色いわんこを抱え洞窟の出口に近づいた時、ラスターが現れた。
一体どこまで行き過ぎていたんだろう…頭にはクモの巣が絡みつき、白いロンティーは煤で汚れている。ところどころ血のような染みが付いているのが気になった。
だけど彼のいたずらっこな笑顔を見たら、何も言えなくなってしまう。あたしもだけど、サミーたちもこの笑顔には弱い。
「帰ろう!」
東の空に太陽が沈みかけ、一番星が顔を出したころに家に着いた。当然サミーに怒られたが、わんこを飼う事には賛成してくれた。
こうして茶色いわんこ…ワカバがファミリーの一員になった。
彼女はとても食いしん坊で、よくご飯と間違えてサミーの頭にかじり付いていたが(ワカバ曰く、サミーの頭はおいしそうらしい)とても頭のいい犬だった。
ただ、犬と言うと「我は誇り高きオオカミだ!」と猛講義するのが少しめんどくさかったけど…
後にこの、耳の垂れたかわいいワカバが大人になり耳もピンと立った頃、地下帝国を制圧するのだが、それはまた別の話。
余談だが、この時彼女が父の形見として持っていたメキシコ産の奇妙な顔がついた球根を庭に植えたら増殖し、チューリップのお花の部分が顔になっている変な植物が生えてきた。あたし達はそれを『プラント』と呼んだ。だってこんな奇妙な植物、見たこともなかったから…
THE END?