館に引っ越して2日目。昨日は簡単な面接と館の案内をしてもらっただけなのに、なぜかひどく疲れていて早く寝付いた。おかげでいつもよりも随分早く目が覚めてしまったようだ。窓の外はまだ暗い。面接の時、大ボスもいて、珍しく緊張していたからかもしれない。(注:アナに付きまとわれていたせいだと気付いていない)
只今午前3時42分。季節柄、この時刻に窓を開け放して荷物を整理するにはちょっと寒い。しかしダンボールを積み上げたままの状態のこの部屋で過ごすのもちょっと退屈だ。
一人で館を歩いてみよう。
僕は音を立てないようにそっと部屋の外に出た。
さすがにまだ誰も活動していないだろう・・・と思ったのに、ホールの方になにやら気配が。耳を澄ますと、風のような音に混じってところどころ呪文のような声が聞こえる。
誰か起きているのかな?
吹き抜けの手すりのところまで行って、そっと下を覗き込んでみたが、魔方陣のような絨毯の模様が見えるばかりで、人影は見当たらなかった。
「???」
空耳かな、と思ってほっと息を吐いた瞬間、食事中にうっかり風味付けのためのスターアニスを噛んでしまったときのようなムアッとした空気を背中に感じた。
おそるおそる振り返ってみたが、先ほどの部屋から出たときの廊下と何も変わらな・・・いや、なんかいる!!!廊下の奥の方で、何か緑色の物体が、白い煙のようなものに包まれて暗闇に浮かび上がっている。
僕は言いようのない不気味さに駆られて、その物体とは反対側にある階段を滑り降りた。そして、そっと後方を確認する。
大丈夫みたいだ。あのムワッとした空気も感じられない。
そういえば直属のボスであるAが言っていた。『館の中には仕掛けがいっぱいある。慣れるまでは一人で行動しないように』って。
きっとあれも何かの仕掛けに違いない。確かに館の中は危険そうだ。昨日は門から玄関まで直行してしまったから、館の周りを見てみることにしよう。
(謎の声「知らないところを一人で歩く方が危ないと思うよ、ダーリン♪」)
幸いドアは目の前である。出来るだけ音を立てないように重いドアを開け、まだ薄暗い外へ足を踏み出した。
ひんやりと冷たい外気に思わず首をすくめる。
「風邪ひくかな?」
(謎の声「アタシがついてるからダイジョウブ!」)
引き返すかどうか迷ったが、むしろ館内の方が暗く感じるほど月が明るかったので、そのまま散策することにした。正面に広がるのは墓地。
・ ・・・・・・・・。
クルリと回れ右して、館の裏側に向かう。
何のための墓地なのかなぁ。そんなに死人が出るの?この館。いやいや、人ではなく動物かもしれない。動物実験!?まさか!
思い直して再び周りを見回すと、左手の林の中にステンドグラスが見え隠れしている。「あれは・・・!」
期待に胸を膨らませて近づけば、思った通り、こじんまりした礼拝堂だ。
「これで毎朝お祈りが出来るぞ!」
(謎の声「アタシも毎朝通っちゃうゾ」)
あまり使われてないのか、扉には蜘蛛の巣が張っている。蜘蛛には申し訳ないが、キレイに払い落とさせてもらって、おそるおそる中を覗き込むと、中はよく掃除が行き届いており、温かみのある木製のベンチや祭壇、緑色の聖母マリアさま・・・・・・。
・・・・・・?
・・・緑色!?
目を凝らして見つめる先には、先ほどの奇妙な物体がいた。煙のように見えていたのは、ソレ自体が撒き散らしている粉のようだ。さらに目を凝らすと、ソレにはなにやら目のようなものがついていた。そしてさまよっていた視線でこちらを捉えると、微笑むかのように目を細めた。
パタン・・・。
「館内じゃなくても1人で出歩くべきじゃなかった・・・」
扉を閉めてつぶやいた、その時。
「1人じゃないよ。アタシがいるの☆」
ビクっとして振り返ると、そこには朝日を背負って微笑むアナベルの姿があった。
その後、アナベルと礼拝堂に入ると、先ほどの緑色の物体は消え去っていた。そしてお祈りを済ませ、ダイニングに向かう。
アレは一体何だったのか。アナに訊きたくても、どう形容していいのかわからず尋ねられなかった。頭を悩ませつつ椅子にかけて正面を見た時、思わずアッと叫んでしまった。向かい側の席に、例の緑色の物体がちょこんと座っていたのだ。
しかし、一瞬の眩暈の後、再び目を開けたときには、見覚えのある人物に変わっていた。
「やあ、ヒヨコ☆」
精一杯爽やかさを装って、ウィンクなんかしている。
「プラント・・・?いつの間に?」
「いやだなぁ。僕はずっとこの館に住んでるよ」
「そうなのか・・・」
訊きたいことはそういうことじゃないのだけれど、なんとなく悪寒がしたので無理やり納得することにした。
「今日はいい天気だね」
プラントに負けない爽やかスマイルを振りまいてから、僕は館での初めての朝食を食べ始めた。
・・・そういえば、アナはどこから一緒だったんだ?
END